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そろそろやめてCM(90’s)

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あなたは日本の1990年代のCMを見たこ
とがありますか。当時のCMは現在よりも性別
役割分業の傾向が強い表現がたくさんありま
した。このページは、当時「コマーシャルの
中の男女役割を問い直す会」によって指摘さ
れてきたうちの「そろそろやめてCM」という
カテゴリーのCMを集めました。あなたは性別
役割分業の視点からみて、どの表現がそろそ
ろやめてほしいのか分かりますか。続きをよ
むを押すと当時の会報に記載された視聴者の
意見が見られます。

セブンイレブン『お惣菜』(1991)
「お惣菜はセブンイレブンに決めてるの。
料理にうるさい母は自信を持って言う。
(My mother, who is picky about cooking,
confidently says that she always
buys prepared meals from 7-Eleven.)」

セブンイレブン『浅漬け』(1992)
「この浅漬けの美味しさはお母さんの美味しさね。
(The deliciousness of this lightly
pickled dish comes from my mother's cooking.)」

石田衡器製作所『ボクサーストーリー'92』(1992)
男の子が(スポーツする)主人公、女の子は
応援・いたわり役(No.8 p.24)

三貴『ファニィ 子ども服』(1992)
「こどもの元気が、母の元気
(A child's health is a mother's health)」
(No.8 p.30)

ハウス食品『グラタン』(1992-3)
「お母さんがつくったハウスのグラタン
(House Foods Gratin made by my mom)」
(No.8 p.30)

ハウス食品『マカロニグラタン』(2010)
「パパグラ また つくってね
(Papa gratin, please make it again)」

ダイハツ工業『ミラパルコ』(1989)
玉の輿願望(No.6 p.51)

日興証券『ファンドトゥモローセレクト'89-12』
(1989)女は難しいことわからない(No.6 p.51)

キューピー『マヨネーズ』(1985-?)

不気味なコマーシャルは止めてほしい。(中略)素直にマヨネーズそのものの宣伝をしてほしい。(No.6 p.74 堺・泉川みゆき)

カルピス『スティックカルピス』(1990)

「チアガールのひざアップ」は「商品をアップするため」である。すなわち、わざわざ女の足を大写しせねばならない状況を作っているのである。(No.6 p.75)

コカ・コーラ『コカ・コーラ ライト』(1990)

女性の肉体を扇情的に映し出している。視聴者は男だけだと思っているのか。男におもねるコマーシャルだ。

興和新薬『QPコーワゴールド』(1994)

妻が「お母さん」と呼ばれ、夫の体を気をつけてあげるというのはおかしいのでは。大人が他人に自分の体を管理してもらわねばならないのもおかしいし、妻に母親役が押しつけられているのもおかしい。(由紀子 No.9 p.10)

サンウェーブ『サンヴァリエ-F』(1994)

アップルコンピュータ『パワーマッキントッシュ』(1994)

夜道で、後ろを見知らぬ男が歩いてる女性の恐怖心がわかっていない。(ひ No.9 p.11)

カルビー『ビリビリボーイ・カラカラガール
・ジュージューマスター』(1994)

ツクダオリジナル『ファーストママ』(1990)
(1994)

「女って大変よぉ」母親・主婦予備軍としての少女。こんなCMで娘を釣るから、女は自然に性的役割を刷り込まれてしまうのよ。「女って大変よぉ」のセリフ、そのまま1000倍にしてツクダ(オリジナル)に返してやる。「こんなCM流すから、女って大変になるのよぉ」

三洋電機『ひまわり』(1993)
「私は、洗濯が 好きだ。」

均等法施行から8年、今時、女が一人何役で家事をこなすなんていうのはもうはやらないと思っていたら、やっぱりいるんだ、こういうトンチンカンな女が。それに、企業もCM制作者もタレントも、「私、大好き」と言えば、役割分業批判をかわせるとでも思っているところが浅はかだし、セコイ。(清 No.9 p.11-2)

常盤薬品工業『パスビタンD』(1990)[2]

「ごっくん プリーズ」スチュワーデスを何だと思っとるの? はだけたブラウスの胸をカメラがのぞきこんだり、ミニスカートを強調したりで、実に不快。

マスプロ電工『マスプロアンテナ』(1990)

どうしてアンテナの宣伝に女性のビキニ姿がいるのか、不思議。

味の素ダノン(現ダノンジャパン)『プチダノン』
(1990)(下は男の子版)

そもそもプチダノンは、お子様向けのカルシウムをとるための食品。なぜ、小さい女の子がブラウン管の中で色気を出さないといけないのでしょう。「ロリコンのおっさん向けのCM作って、どないすんねん」と思うのは私だけですか。

森永製菓『ハイチュウ』(1990)

年齢で人を蔑視し、女の価値が若さにしかないと言っている。(No.6 p.17 奈)

ハウス食品工業(現ハウス食品)
『スープスパゲッティ』(1990)

女性の肉体の女性的な部分を強調して、不愉快。スパゲティと、どういう関係があるのか。

アース製薬『モンダミン』(1990)

まさにセクハラCMである。これではモンダミンを買って口をすっきりさせようと思うどころか、通勤電車にも乗りたくなくなってしまう。

トヨタ自動車『チェイサー』(1990)

チェイサーのCMの後ろ姿の女性はパンティーの線が見えないので、ノーパンなのではないか、と男たちの話題をさらっていた。

P&G『アリエール』(1990)

洗剤のCMが女、というお決まりのパターンだが、一人の男をめぐって嫁と姑が争うというのがタチが悪い。

ローソン『アップルパイ』(1990)

商品はアップルパイと女とどっちか? 性をアイキャッチャーにしているところも不快。(No.6 No.37 裕)

味覚糖『おちちキャンディ』(1990)

森永製菓『ハイチュウ』(1990)

若いということは、それほど価値があるのだろうか。このCMに限らず、ほとんどのCMは若い女がニコニコと登場する。日本のテレビはロリコンだとアメリカに批判されたが、これは日本社会が成熟していないからではないかと、私はひそかに疑っている。

『スイートテン・ダイヤモンド』(1990)

子育てすべてお母さん。その報酬にダイヤをあげようとは、家事も含めて分業の固定化でいやらしい。

えひめ飲料『ポンジュース』(1993)

愛媛県『いよかん』(1990)

「た、べ、ご、ろ」裸のように見える女性を登場させて注意をひこうという発想がもはや時代錯誤で貧困そのもの。同じく、「食べ頃」とその女性に言わせるなど、男性中心思考の男性が考えたCMということがありあり。このCMの最後に「愛媛県」という名が出て、地方自治体が宣伝していることを知り唖然。

熊本県産米品質向上運動本部『三度のときめき』
(1990)「もっと、オコメしたい」

熊本県経済連・農協『熊本のスイカとメロン』
(1990)

「今が食べ頃」若い女の体が、食べ物と同一にされている。食べるのは誰か。スイカとメロンは添え物的な感じもする。

『Mr 完熟りんご』(1988)

松下電器産業(現パナソニック)『Moreシリーズ』(1990)

最初、女の働く姿を出しているのはいいが、後半は全く役割分業押しつけパターン。母親だけが、仕事と家事の両方を押しつけられている。

白鶴酒造『まる』(1988-90)

女はかわいさ、弱さ、はかなさを強調され、男は強さ、厳しさ、仕事の場面が強調されている。(No.6 p.24 生)

サントリーフーズ『鉄骨飲料』(1989-91)

軽快な音楽に合わせてリズミカルに動く体は一見コミカルだけど、どうしてお風呂なの?

久光製薬『サロンパス』(1989)

夫婦の役割分担がくっきりと出ている。夫が声をかけているのはやさしさともとれるが、本当のやさしさ、思いやりなら、新聞読んでないで家事を分担すべきではないか。

資生堂『ヌーダ』(1989)[2][3][4][5]

典型的なのぞき見CM。

ユニ・チャーム『リフレイン レディライナー』(1990)

「お見せできませんが、私は清潔です」おりもの用ナプキンのCMだから、少女がお見せできないのは、ビッグセーターのすそにわずかに隠れた性器ということ。(No.6 p.38 恵)

三共(現第一三共)『リゲイン 24時間
戦エマスカ』(1989)

男性だけに仕事を強要している雰囲気があり、今の時代、不自然に思う。

ハウス食品工業(現ハウス食品)
『咖喱工房』(1991)

母親役が暗い。スッと後ろを振り返るが、夫婦げんかの後のような冷たさを感じる。食事は楽しくいただきたいもの。

カミ商事『エルモア』(1991)[2][3]

「一回、腰をひねって」いかにも隣のお姉さん風の若い女性、芝生に寝そべった超ミニの脚の組み方はパンティが見えそうで見えず、まるで焦らしているようだ。しどけなく挙げた腕も、「どうにでもして」といっているよう。素人っぽい俳優の演ずるAVが一部でもてはやされているらしいが、正にこのCMはそれを連想させるもの。しかも、最後の男の声の意味するところは何か。AV監督の演技の指示? 全体の調子は泥臭く、醜悪の一語に尽きる。(No.7 p.11 真理)[3]「まーちゃん、勉強ばっかりしてないで、たまにはティッシュも使いなさい」と受験生に母親が言うCMが中止になったそうだが、こっちの方がナンボか微笑ましい。

日本みかん農協『みかん』(1991)

女性のからだを食べ物に見立てている。女性の姿も、顔は映らず、肩から下、膝から上のアップばかりで、物として扱っている点が不快。

ハナテン中古車センター(1991)(1975)(1994)

寝ている女性の部屋に覆面の男性が入ってくるというレイプそのものの状況で、初めてこのCMを見た時、あまりのひどさに、このCMはクレームがついて、もう流れないはずだ、と思ってしまった。大体、中古車と何の関係もない。

ナリス化粧品『ラサラ』(1991)

公共のメディアを使ってポルノを流すのはやめてほしい。おまけにナレーションは「体をはって頑張る恋を応援したい」。体・恋・頑張るの意味が別の意味に取れるよううまくカモフラージュされているが、セックスを暗示しているのは明らかである。

清水建設(1991)

働いている、仕事している時だけが男の値打ち、夜はダラッとしていてもいいというメッセージ。じゃあ、女はどうだってんだ。

三菱電機『Qシリーズ』(1991)
「たのしい家事(Fun housework)」

家事は女性の仕事というメッセージが露骨にあらわれている。しかも、家事を「たのしく」こなしながら夫の帰りを待つことが、さも幸せそうに描かれているフシがあり、男女の役割分担固定化につながる。(No.8 p.43 淳)

井村屋『肉まん あんまん』(1991)[2]

乳房のふっくらしたところと、食べ物のふっくらを同一視している点が不愉快。[2]あずきバーのCMでも、水沢アキさんの入浴シーンを撮っている。

味の素『麻婆豆腐』(1991)

男の人が会社、女の人が家というところ。(No.7 p.67)

アメリカ屋『靴』(1991)

いったい何をせんでんしたいのか、わからない。(No.7 p.67)

ヤマト運輸『伝言FAX』(1991)[1]

catchするのは情報だし、宅急便の会社が伝言ダイヤルを始めたことを言いたいなら、女の肌は不必要。

三共(現第一三共)『リゲイン』(1991)

24時間働いた男のかげには、妻の支えがあった。リゲインの今までのCMの中で一番ひどい。ユーモアのかけらもない。

ハウス食品工業(現ハウス食品)
『フルーツインゼリー』(1991)[2]

[2]同じハウス食品のCMでも、フルーチェの西田さんは、露出度の大きい服を着て大胆なポーズをとっていても、いやらしさは感じない。キャラクターの違いか。食品のCMに下品さはマイナスだと思う。これ見よがしに乳房を揺するのはやめてほしい。

住友金属(1991)
(母親役の山瀬さんと女の子が着物姿で向かい合
って座り、諭すように「おばあさまも、お母
さまも、ずっとやわらか頭でした。だからあ
なたも……わかりますね」と言うものがある)

母から娘へ、父から息子へという形で、2代、3代にわたって「女らしさ」「男らしさ」という固定的な性別役割を押しつけていく。

たかの友梨ビューティクリニック(1991)

「OLは気楽な稼業ときたもんだ」働く女性をバカにしたCMだという点で腹が立つ。このCMでOLは気楽な稼業、5時に早々と退社する無責任な女たち、というイメージは確実に定着する。女を責任ある地位や仕事につけないという社会の仕組みに目を向けず、女はやっぱりアカンと個人の責任に帰させる。

エルセーヌ(1991)

「信じられるのは、美だけです」女性を美に追いこむものに関しては挙げたらキリがないけれど、このコピーはあんまりじゃないか。

ミツカン『味ぽん』(1991)

「かみさん帰ってこないの、よーく分かる」そこまで凝るなんて素敵。男の料理は荒削りでいい、というのの反対。それで帰ってこないなんて変な奥さん。

エーザイ『サクロン』(1991)

「じゃ、結婚してくれる?」女性の強気な態度は面白いのだけれど、女性が結婚してほしがっているというような結婚願望を印象づけて嫌。女性のエネルギーが全て結婚や家庭に向いているように描かれていて、不快。

三貴『ファニイ』(1991)

子どもに化粧をさせるのは、どういう意味があるのか。化粧した子どものCMを見ると、いつも不快感が残る。なぜなのか考えてみたが、子どもと化粧は不健康で似合わないということの他に、娼婦を連想させるからではないか、と思い至った。

リクルート『とらばーゆ』(1991)

『とらばーゆ』のCMに、同種の化粧した幼女が登場する。化粧し、大人の格好で笑いかける。幼女を性的対象に貶めていると咄嗟に思った。幼児への性的虐待を示唆しているような映像・CMは、決して流すべきではない。

森永製菓『ハイチュウ』(1991)

Mr.レディー風の女(男?)を登場させることによって、従来描いてきた「年齢、容姿による女性の差別」という批判をかわそうとしたのかもしれないが、基本的には何も変わっていない。「バストの大きい」「白人女性」に美の基準を置く男の単細胞ぶりには、犬も呆れるのでは。

CCI『べっぴんしゃん』(1991)(1990)

あんな格好で洗車する人なんていないはず。

※このページは『コマーシャルの中の男女役割を問い直す会 会報(WANミニコミ図書館 https://wan.or.jp/dwan/dantai/detail/60)
1,2,3,4,5,6,7,8,9号』(1985-95 PDF)を参考にしました。
なお、企業名からは株式会社を略し、当時の商号を記載し、商号の変更については(現~~)という形で記載しました。
()内のCMの放映年については1年ほど前後することがあります。

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