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日本・旅行

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ほとんどの人にとって、
そしてほとんどの所有物について、物
事はすぐに心のなかの景観の背景へと
色あせていき、継続的な利益はほとん
ど得られない。
 体験を買った場合には、心の景観か
ら消えにくくなる。一定の期間中 先
月や昨年、過去5年間 に購入した物
や体験で最も意味のあるものは何かと
問われた人たちは、体験のほうがもっ
と満足が得られ、幸せを感じ、お金の
「良い使い方」をしたと答えた。物を
買っても体験を買っても、最初のうち
は同じくらいの幸せが得られるものだ
が、物から得られる快感は消えていき
がちな一方で、体験から得られる喜び
は長続きする。
 体験という買い物は存続し、口にす
る話の内容や、大切にする記憶、そこ
から得られたしっかりとした一体感や
個人的な変化において、いっそう長続
きする喜びを与えてくれる。映画『カ
サブランカ』の最後のシーンでハンフ
リー・ボガードがイングリッド・バー
グマンに告げた忘れがたい台詞「俺た
ちにはいつでもパリの思い出がある」
(We'll always have Paris.)の
ように。それどころか、体験は持続す
るだけではない。最高の要素を飾り立
て、最悪の要素を軽視するにつれ、時
の経過とともにより良くなっていくこ
とが多いのだ。
トーマス・ギロビッチ、リー・ロス『その
部屋のなかで最も賢い人』

(2015)p.226-7
無料!のほんとうの魅力
無料!の何がこんなにも心をそそるの
だろう。自分がほんとうに求めている
ものではなくても、無料!となると不
合理にも飛びつきたくなるのはなぜな
のか。わたしの考える答えはこうだ。
たいていの商取引にはよい面と悪い面
があるが、何かが無料!になると、わ
たしたちは悪い面を忘れさり、無料!
であることに感動して、提供されてい
るものを実際よりずっと価値あるもの
と思ってしまう。なぜだろう。それは
、人間が失うことを本質的に恐れるか
らではないかと思う。無料!のほんと
うの魅力は、恐れと結びついている。
無料!のものを選べば、目に見えて何
かを失う心配はない(なにしろ無料な
のだ)。ところが、無料でないものを
選ぶと、まずい選択をしたかもしれな
いという危険性がどうしても残る。だ
から、どちらにするかと言われれば、
無料のほうを選ぶ。
ダン・アリエリー
『予想どおりに不合理』(2009)p.96

エベレストのオーバーツーリズムの悪影響

『甘い生活』(1960)のパパラッツォ

京都の舞妓パパラッチ

『英国一家、日本を食べる』(2015-6)[2]

旅行は展覧会と同じように、
教養ある世界に属しているという感覚
を構成している義務の感覚を活性化す
る。いつでも誰にでも行けるような美
術館への習慣的な訪問は、集合的なリ
ズムやコントロールを免れ、集合的な
儀礼への参加(そこに出席して体面を
保つ限りでの)を強制する有形無形の
圧力に何も負っていないものの、旅行
による移動に際して最も強い文化的野
心をもつ人々が思いおこすのは、義務
的な実践のプログラムそのものである
。つまり彼らは教養ある人々の世界に
属したいというアスピレーションをも
ち、実際にそこに属しているような人
たちである。このプログラムのもつ強
制力は、少なくともその一部を、友人
や仕事仲間といった準拠集団が定義し
思いおこさせる非限定的な規範に負っ
ているので、彼らに向かって自分たち
のヴァカンスがどうだったかを物語る
ことになる。そして旅行の処世術のマ
ニュアルであるガイドブックによって
規定される規範にも依存している。こ
れは主として上流階級によって実践さ
れるアシェットのブルーガイドと、中
流階級に普及している緑の『ミシュラ
ンガイド』があって、ギリシアやイタ
リアに「行ってきた」と人にも自分に
も言えるためにはどうしなければなら
ないかを命じている。「リールの美術
館を見ずにリールを離れるわけにはい
かない。そこには素晴らしい絵がある
とみんなが言っていたから」と、ある
上級管理職の人が述べている。
ピエール・ブルデュー、アラン・ダル
ベル、ドミニク・シュナッぺー
『美術愛好』(1966)p.48
春画と聞いてどんな印象
をお持ちだろうか?
 一見、日本の「古代版ポルノ」でく
くられてしまいがちな春画だが、ポル
ノとして存在した春画というのは実は
非常に稀なのである。ただそれを決定
的に証明するためには、ここで春画ア
ートの歴史を明らかにする必要がある
。最終的に春画が様々な社会的メッセ
ージを表現・伝達するために、性的題
材を扱ったアートである、という事実
を明らかにすることを本書の目的とし
たい。例えば春画とポルノを区別する
わかりやすい例に、マスターベーショ
ンのお供かどうか、という見解がある
。ポルノの役割はこのマスターベーシ
ョンを誘発するところにあり、そこに
社会的メッセージ性は含まれていない
。そこがポルノと春画の役割との決定
的な違いである。
オフェル・シャガン
『わらう春画』(2014)p.15
日本
 白人の好きなモノはほんとたくさんあるんだけれど、日本という島国以上に拍手喝采される存在はないだろうね。捕鯨やイルカ殺し、南京大虐殺などを理由に日本に否定的な感情を持つ手合いもいるにはいる。でもこういう問題が日本という国全体の評価を落としていると言う人は少ない。
 白人が日本を愛する理由はいくつもある。ナンバーワンはスシ。これまで足しげくスシ・レストランに通い、食べ方と、何よりどうスシ通を気取るかを学んできたのだ。いずれはツキジを訪れ、最高に新鮮なスシを味わいたいと願うのも道理。
 しかし話は食べ物では終わらない。白人という白人は、①日本で英語を教えたことがある、②教える予定がある、③教えれば良かったと思う、のいずれかに該当する。日本に行くだけじゃなく、実際に住みたいのだ。旅行欲が満たされるだけでなく、帰国後もスシ・レストランで自慢できるんだから。「この店もなかなかだけど、日本ですっかり舌が肥えちゃってね。アメリカでホンモノのスシを見つけるのは難しいなあ」
 日本の伝統、未来的な都市、映画、「カワイイ」グッズ、音楽、作家も魅力だ。ただアニメはオタクが傾倒していることが多いので、あんまり好きだというと白い目で見られることがある。アニメについて語る時は万人から評価されているハヤオ・ミヤザキくらいにとどめておくのがいい。万が一宮崎駿について知らない相手の場合も、インターネットで調べられた時に暴力やセックスがからんだ画像が出てこないから安心。
 白人との会話中に気まずい沈黙が流れたら、日本に行きたいと言えばいい。日本旅行の体験談、彼の地で見つけたお気に入りのモノなど、相手は即座に自慢し始めるから。それ以上自分はしゃべる必要がなくなるし、相手も「話をさせてくれた」という理由で好印象を持つだろう。
クリスチャン・ランダー『ステキなアメリカ白人という奇妙な生き物』(2011)p.55-7

<映画等における渋谷スクランブル交差点>

『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)

『バベル』(2006)

『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』
(2006)

『メーターの東京レース』(2008)

『バイオハザードIV アフターライフ』(2010)

『WARMING UP! TOKYO 2020』(2016)

渋谷スクランブル交差点オープンセット
(栃木県足利市)

『僕はチャイナタウンの名探偵3』(中国 2020)

<アメリカ映画で表現される忍者>

『将軍』(1980)で描かれる忍者

『ラスト・サムライ』(2003)で描かれる忍者

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