『壊れかけの高校生』
あなたは学校についてどう思っていますか。
好きですか、それとも嫌いですか。普通ですか。
以下の文章は、自分の決断で普通高校を退学し、
今は通信制高校に通っている学生の話です。
学校に行かない幸せ
佐藤 順君(某通信制高校一年)
「僕は、周りの人から変わり者と言われるけど、僕から見たら、我慢して嫌々学校に通っている人のほうがよっぽど変わっていると思います。学校のもつあの独特の雰囲気というのがどうにもだめなんです。きっと学校には向いてない人間なんでしょう」
苦笑しながら、こう語る佐藤君(仮名)は現在、通信制高校に籍を置いている。
「学校には向いていない」と自ら言うように、佐藤君は自称、筋金入りの学校嫌いである。彼はせっかく入った高校を成績不良だったわけでも、不祥事を起こしたわけでもないのに、ただ単に自分には馴染めないからという理由だけで、アッサリ退学してしまった。
佐藤君は高校入学以前に、二度、登校拒否を起こしている。最初は小学四年のときで、原因は学校給食の牛乳。彼は、牛乳を無理やり飲まされるのが嫌で、年間七十日以上も学校を欠席したという。二度目は中二の三学期から中三の一学期いっぱいにかけて。これといった原因は、特に見当たらないのに、朝になると頭痛、下痢、発熱を繰り返し、週に二、三日しか学校に行かなかった。
「高校に入ればいままでとは何かが違ってくるのではと、すこしは期待していたんですが、とんでもない間違いでした。大袈裟に言えば、登校したら下校するまで規則づくめなんです。生徒手帳に『生徒心得』として校則が数十項目挙げてあるんですが、読んでいるだけで頭が痛くなってしまう。こんなのとってもやってられないよ。こんなこと守ってたら人間じゃない、人形と同じだよと思いました」
佐藤君が進学したのは県立の中の上クラスの普通高校。特に、学校が荒れていたというわけではないが、校則や生徒管理は非常に厳しく、また一部の教師は頻繁に体罰をしていたという。
「とにかく、ほとんど毎日のように誰かしらが体罰を受けていました。朝礼なんかでも、ちょっと頭が動いただけで蹴られたりするんです。色鉛筆を忘れただけで、椅子に正座させられ往復ビンタされた子もいました。宿題やレポートを忘れたら校庭十周走れなんて言う先生もいましたね。いつも威圧的で、生徒には『もっと丁寧にしゃべれ』とか『敬語を使え』なんて言うくせに、自分たちは、『お前ら、なめんじゃねえ』とか『ふざけるなバカヤロー』なんて怒鳴り散らしたり、大した理由もないのに自分がイライラしていると暴力をふるったりする。馬鹿みたいでしょう」
佐藤君が学校に行かなくなった直接の原因も教師の暴力。
体育の授業のとき、腕組みをして説明を聞いていただけで、「態度がデカイ、生意気だ」と数発、平手打ちをされたという。佐藤君は、授業をボイコットし、以来一度も学校に行かなかった。
退学したのは一年生の二学期途中であった。
「高校中退者の多くが、後になって辞めなきゃよかったと後悔しているとよく聞きますが、僕の場合は一度もそんなことは思わなかった。犬猫みたいな扱いをされ、不愉快な思いを我慢してまで留まるつもりはなかった。あのまま学校にいたとしても何も得るものはなかったと思います」
佐藤君は、退学して二年近くになるが、学校が懐かしいと思ったり、学校に戻りたいと思ったことは一度もないという。むしろ学校に行かなくてホッとしているそうだ。「学校って一歩退がって見てみると、機械仕掛けで動いているように見えてくるんです。誰もが、同じ制服、同じ髪形。チャイムが鳴る。みんな一斉に授業を受ける。チャイムが鳴る。一斉に休み時間。またチャイムが鳴る。教室に戻る。そういうのって、コピー人間がたくさんいるみたいで気色わるかった。
個性的にと言いながら、人より突出していると危険人物のように見なしたり、成績がすべてではないと言いながら点数や偏差値で順番を付けたりする。こうした大人の身勝手な本音と建前みたいなものにも、反発する気持ちがありました。学校には嘘が多いなあと思いましたね」
学校という場、枠、システム、そういったものを生理的に受けつけない人間がいることをわかってほしいと佐藤君は言う。
「ひねくれているかも知れないけど、僕は、どうして学校に行かなければならないのかと思うことがあるんです。親も教師も学校に行っていれば安心しているけど、学校ってそんなにいい所なんでしょうか。そんなにいい所なら、どうして校内暴力やいじめや中高生の自殺が起きたりするんでしょうか。僕は小中高と、足掛け十年近く学校にいましたが、楽しいことより疲れることのほうが多かった」
自分と同年代の子のほとんどは、毎日高校に通っている。
しかし、佐藤君にはその子たちが毎日ハッピーな気分で、楽しく学校生活を送っているようには思えない。
「学校って何?」というのが、佐藤君がずっと抱いている素朴な疑問なのだ。(平成七年十一月 東京池袋にて)
増田明利
『壊れかけの高校生』p.92-97