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オリエンタリズム(アジア)

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東洋と西洋の対比

  • 西洋的世界観
  • 物質主義
  • 心身二元論
  • 機械的宇宙
  • 合理性
  • 技術の進歩
  • 原子論的な個人
  • 東洋的世界観
  • 精神主義
  • 心身全体論
  • 有機的宇宙
  • 意識
  • 精神の成長
  • コミュニタリズム
ジョセフ・ヒース、アンドルー・ポター
『反逆の神話』(2004)p.297

『ザ・ビーチ』(2000)とタイ観光

『ザ・ビーチ』は、エキゾチックなものに対するカウンターカルチャーの態度を探求する長編映画だ。疎外された西洋人の仲間たちが「現実」を求めてアジアへ赴くが、現地人に接していっそうの疎外感を味わう。そこで彼らは無人島を見つけ、例によって薬物使用とフリーセックス、そしてあまりルールがない、という理想を奉じた母権的なコミューンを形成する。自分たちの母語に固有の偏見を排すために独自の言語を作りさえする。この旅行者たちはついにアジアで自らの失われた純真を取り戻すのだが、それはもっぱらアジア人がいないところへ行くことによってなのだ。
ジョセフ・ヒース、アンドルー・ポター
『反逆の神話』(2004)p.316
この映画で展開する愚かなエキゾチシズムは、意図せざる滑稽な場面につながっていく。コミューンのメンバーの一人が珊瑚礁の浅瀬に入りこんできたサメに殺されると、楽園は失われ、その夜、キャンプファイアを囲んで間に合わせの葬儀が行なわれる。ドレッドヘアにした白人の若者がいきなりギターをかき鳴らして、ボブ・マーリーの「救いの歌」の不滅のイントロを奏でだす。
ジョセフ・ヒース、アンドルー・ポター
『反逆の神話』(2004)p.316

タイのピピ・レイ島のマヤ湾(2018)

エドワード・サイード『オリエンタリズム』
(1978)(東洋人は犯罪者、狂人、女、貧乏人と
結びつけられた)

『Remember The Time』(1991)と
『Dark Horse』(2013)の類似性

<開拓地行きを希望する白人男性主人公>

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990)のジョ
ン・ダンバー中尉とセジウィック砦

『ラスト サムライ』(2003)のネイサン・
オールグレン大尉と日本

『沈黙 -サイレンス-』(2016)の
セバスチャン・ロドリゴ神父と日本

<白人男性主人公と高貴な野蛮人>

<侍の切腹シーン>

『将軍 SHOGUN』(1980)の柏木矢部

『ラスト サムライ』(2003)の長谷川大将

『47 Ronin』(2013)の切腹の儀式

<原住民側に協力する白人男性主人公>

『沈黙 -サイレンス-』(2016)の
セバスチャン・ロドリゴ神父と村人たち

<白人男性主人公と原住民女性>

『将軍 SHOGUN』(1980)のジョン・
ブラックソーンと戸田まり子

「やっと、愛とはなんであるか、わかるようになりました」最初の夜、彼女はささやいた。もはや恋の激情に逆らおうとせず、止めようもないその流れに身をまかせているだけに、彼の身の危険を思うと、やせる思いがした。「好きよ。だから怖いの」彼の腕の中で、彼女はそう言った。
「おれも愛してる。ああ、どんなにいとしいことか」
「あなたをだめにしたわ。こんなことになって。死罪よ。私がだめにしたの……ほんと」
「いや、ものごとは、いつか、よいほうに転ぶものだ」
「こうなってはいけなかったのに……私が悪かったの」
「気にするな。なるようにしかならん」
ジェームズ・クラベル『将軍 下』(1975)p.4

『沈黙 -サイレンス-』(2016)の
セバスチャン・ロドリゴ神父とモニカ

空軍による原住民の空爆

戦闘の末、上官を殺す白人男性主人公

怒れる日本人女性

アメリカ映画における日本

怒れる日本人女性

老師(マスター)との出会い

老師(原住民)とのトレーニング

東洋の皇帝から認められた白人男性主人公

心の安らぎを見出した白人男性主人公

伝説の巻き物

『虎の尾を踏む男達』(1952)と勧進帳

『カンフーパンダ』(2008)と龍の巻き物[2]

※このページは、Mari Yoshihara『Embracing the East』(2002)を参考にしました。

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