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『性別違和・性別不合へ』

針間克己著『性別違和・性別不合へ』(2019)です。

著者は、同性愛が脱病理化された歴史と、性同一性障害が、今たどっている流れが似ている点を指摘します。

盛んになっていった同性愛者の運動の中で、彼らの主要な主張の一つとなったのが、同性愛を精神疾患として扱うのをやめさせろ(脱病理化)、というものでした。その中で、DSM-IIが標的となりました。さきほど、DSM-IIは内容に乏しいといいましたが、それでもリストはリストです。DSM-IIでは、「性的偏倚(sexual deviations)」の中に同性愛はありました。
以下の通りです。


302 性的偏倚
302.0 同性愛

302.1 フェティシズム

302.2 小児愛

302.3 服装倒錯

302.4 露出症

302.5 窃視症

302.6 サディズム

302.7 マゾヒズム

302.8 そのほかの性的偏倚


21世紀の私たちからすれば、このリストの並びは驚きますが、当時は、このような理解だったのです。当然、同性愛の人たちは、このリストからの削除を強く求めたわけです。 p.17-8

難局を解決する妙案をスピッツァーはひねりだします。「sexual orientation disturbance」(性的指向障害)という疾患を考え出したのです。これは、同性愛そのものは精神疾患ではない、ただ、本人がそのことで苦悩している場合は、精神疾患とするという考えです。一種の折衷案ではありましたが、同性愛存続派も撤廃派も、まあ妥協できる内容でしたので、1973年の米国精神医学会の理事会で、無事承認されることになります。1974年のDSM-IIの改訂版で、この「性的指向障害」は同性愛にとりかわることになったのです。 p.21

病理化、脱病理化に関するセクシュアルマイノリティの歴史をここにまず簡潔にまとめます。 ・19世紀まで、キリスト教社会では、同性愛や異性装者は、宗教的異端者や犯罪者とみなされていた。 ・19世紀後半ころより、同性愛や異性装者は、「病理化」され、精神疾患とみなされるようになった。 ・1980年代、同性愛は「脱病理化」され、精神疾患ではなくなった。 ・1990年代、性同一性障害も「脱病理化」せよとの、運動が強まる。 ・2013年、DSM-5では「脱病理化」されないが、やや病理性の薄い「性別違和」となる。 ・2019年、ICD-11では「脱病理化」され、「性の健康に関する状態」の「性別不和」に変更。 p.45-6
その後、同性愛はDSMのみならず、1990年、WHOによる国際疾病分類改訂第10版(ICD-10)からも削除され、WHOは「同性愛はいかなる意味でも治療の対象にならない」と宣言もします。すなわち、19世紀末に、病理化された同性愛は、20世紀末には脱病理化されたのです。また、この脱病理化の過程の中で、同性愛者たちは、そもそも医学用語だった「homosexual」という言葉ではなく、自らのアイデンティティを示す言葉として、レズビアン(lesbian)、ゲイ(gay)という用語を用いるようになったのです。 p.53

(性同一性障害)の議論は、同じセクシュアルマイノリティである、同性愛がたどった歴史とよく比較されます。同性愛は、すでにのべたように異端者・犯罪者→精神医学的疾患→本人が苦悩しているという理由での精神医学的存在(自我異質性同性愛)→性的ありようの一つとして正常と認められ精神障害の分類から削除、という歴史的段階で現在に至っています。これまでに述べたように、性別に違和感を持つ人たちも似たような経過をたどっています。 p.55